ドイツ国内演奏旅行・プログラム写真

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のドイツ国内演奏旅行のプログラムは、主催者に関わらずB5の大きさで統一されており、表紙にはカラヤンの白黒写真がもちいられている。
1955年から87年までに行なわれた、ドイツ国内の演奏旅行プログラムの写真を並べてみることにする。

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【1955年2月】ヴォルフスブルクハノーファーハンブルク
主な演奏曲目 チャイコフスキー交響曲第5番・ベートーヴェン交響曲第7番・ブラームス交響曲第1番

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【1956年4月~5月】キールハンブルクブレーメン/オルデンブルク/ハノーファー/ボッフム/ドルトムント/エッセン/デュッセルドルフ/フィアーゼン/(アントワープオステンド/パリ)/ケルン/ヴォルフスブルク

主な演奏曲目 ベートーヴェン交響曲第3番「英雄」、第5番、第7番・チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」・ブラームス交響曲第2番

 

【1958年2月】キールハンブルクハノーファービーレフェルト/ヴッパタール/デュッセルドルフ/フィアーゼン/(パリ)/ドルトムント/エッセン/ケルン
主な演奏曲目 チャイコフスキー交響曲第5番・ラヴェル/「ダフニスとクロエ」組曲第2番・チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番・ベートーヴェン交響曲第5番、第6番「田園」、第7番・シューマン交響曲第4番・ブラームス交響曲第2番

 

【1958年10月】ヴォルフスブルクシュトゥットガルトマンハイムフライブルク
主な演奏曲目 ドヴォルザーク交響曲第9番「新世界より」・ブラームス交響曲第1番、第2番・ベートーヴェン交響曲第7番

 

【1959年2月】ハノーファーブレーメンハンブルクリューベックキール/エッセン/ドルトムントデュッセルドルフ/フランクフルト
主な演奏曲目 ベートーヴェン交響曲第5番、第7番・R.シュトラウス/「英雄の生涯」・ブラームス交響曲第2番・ドヴォルザーク交響曲第9番「新世界より

 

【1960年4月】(パリ)/ケルン/ボン/ビーレフェルトヴィースバーデン
主な演奏曲目 R.シュトラウス/「英雄の生涯」・ベートーヴェン交響曲第5番

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【1960年10月】ハノーファー/フランクフルト/ミュンヘンシュトゥットガルト/(バーゼル/ベルン/ジュネーヴチューリヒ/ミラノ)/フライブルク/カッセル
主な演奏曲目 チャイコフスキー交響曲第4番・ベートーヴェン交響曲第3番「英雄」・R.シュトラウス/「英雄の生涯」・ブラームス交響曲第2番

 

【1961年4月】(ロンドン)/デュッセルドルフ/エッセン/ドルトムントハンブルク/ヴルフスブルク
主な演奏曲目 ブラームス交響曲第1番、第2番、第3番・チャイコフスキー交響曲第4番

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【1962年11月】(ロンドン)/デュッセルドルフ/エッセン/ミュンスターブレーメンキールハンブルク
主な演奏曲目 チャイコフスキー交響曲第4番・R.シュトラウス/「英雄の生涯」・ベートーヴェン交響曲第6番「田園」、第7番・バルトーク管弦楽のための協奏曲

 

【1963年3月】ハノーファー/カッセル/シュトゥットガルトフライブルク/フランクフルト
主な演奏曲目 ブルックナー交響曲第7番・ドヴォルザーク交響曲第8番・ベートーヴェン交響曲第5番、第6番「田園」

 

【1964年4月】ハンブルクブレーメンハノーファーヴォルフスブルクミュンスターデュッセルドルフ/カッセル/ミュンヘンシュトゥットガルトニュルンベルク
主な演奏曲目 チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」・R.シュトラウス/「英雄の生涯」・ブラームス交響曲第1番、第2番・ベートーヴェン交響曲第5番、第6番「田園」

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【1965年10月~11月】ミュンヘンシュトゥットガルトニュルンベルク/フランクフルト/バート・ゴーデスベルク/カッセル/ヴォルフスブルクハノーファーハンブルク
主な演奏曲目 ベルリオーズ幻想交響曲チャイコフスキー交響曲第5番・ラヴェル/「ダフニスとクロエ」第2組曲ドヴォルザーク交響曲第9番「新世界より

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【1966年11月】ハンブルクブレーメンハノーファービーレフェルトヴォルフスブルク
主な演奏曲目 ムソルグスキーラヴェル)/「展覧会の絵」・ベートーヴェン交響曲第7番・チャイコフスキー交響曲第4番・シューマン交響曲第4番

 

【1967年4月~5月】ミュンヘンフライブルクシュトゥットガルトニュルンベルクハイデルベルク/フランクフルト/(パリ/ロンドン/フィレンツェ

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【1968年1月】ミュンヘンニュルンベルク/リンダウ/シュトゥットガルト/フランクフルト
主な演奏曲目 ブルックナー交響曲第4番・ブラームス交響曲第2番・ベートーヴェン交響曲第3番「英雄」、第5番・チャイコフスキー交響曲第4番

 

【1968年4月~5月】ハンブルクブレーメン/カッセル/ヴォルフスブルク
主な演奏曲目 プロコフィエフ交響曲第5番・ベートーヴェン交響曲第3番「英雄」・チャイコフスキー交響曲第4番

 

【1969年1月】ミュンヘンシュトゥットガルトニュルンベルク/フランクフルト/(ルクセンブルク
主な演奏曲目 シューベルト交響曲第9番・プロコフィエフ交響曲第5番・チャイコフスキー交響曲第5番・ベートーヴェン交響曲第7番

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【1969年5月】ハンブルクキールハンブルク/ウッパータール/デュッセルドルフ/ファノーファー/(プラハ/モスクワ/レニングラード/ロンドン/パリ)
主な演奏曲目 ブラームス交響曲第2番・ベートーヴェン交響曲第7番・ショスタコーヴィチ交響曲第10番・チャイコフスキー交響曲第5番・シューベルト交響曲第9番・R.シュトラウス/「英雄の生涯

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【1970年1月】ハンブルクハノーファーブラウンシュヴァイク/カッセル/ミュンスターデュイスブルクヴォルフスブルグ
主な演奏曲目 チャイコフスキー交響曲第5番・ブラームス交響曲第2番、第4番・ベートーヴェン交響曲第5番、第7番

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【1971年1月】ハノーファーミュンスターブレーメンハンブルクヴォルフスブルクブラウンシュヴァイク
主な演奏曲目 フランク/交響曲チャイコフスキー交響曲第4番・ブラームス交響曲第1番、第2番

 

【1971年4月~5月】クロンベルク/ミュンヘンシュトゥットガルト/ウルム/ニュルンベルクマインツヴィースバーデン
主な演奏曲目 ブルックナー交響曲第8番・ブラームス交響曲第1番、第2番・ベートーヴェン交響曲第4番、第5番、第7番

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【1971年11月】ハンブルクハノーファーブラウンシュヴァイクデュッセルドルフ/ウッパータール
主な演奏曲目 ドヴォルザーク交響曲第8番・ベートーヴェン交響曲第4番、第5番、第6番「田園」、第7番・ラヴェル/「ダフニスとクロエ」第2組曲ドヴォルザーク交響曲第9番「新世界より

 

【1972年4月~5月】ミュンヘンシュトゥットガルトハイルブロンカールスルーエニュルンベルクマインツヴィースバーデン/ボン/(バルセロナマドリード/ロンドン/ブリュッセル/パリ)
主な演奏曲目 ドヴォルザーク交響曲第8番・ラヴェルボレロベートーヴェン交響曲第4番、第5番・ブラームス交響曲第1番、第2番・メンデルスゾーン交響曲第3番「スコットランド

 

【1972年10月】(ベオグラード)/ハンブルクハノーファーブラウンシュヴァイクミュンスター/ボン
主な演奏曲目 ベートーヴェン交響曲第3番「英雄」、第5番、第7番・ブラームス交響曲第1番・チャイコフスキー交響曲第4番

 

【1973年5月】マインツカールスルーエシュトゥットガルトニュルンベルクアウグスブルク
主な演奏曲目 ドヴォルザーク交響曲第9番「新世界より」・ベートーヴェン交響曲第5番・R.シュトラウス家庭交響曲ブラームス交響曲第1番、第2番

 

【1974年5月】デュッセルドルフ/ウッパータール/ドルトムントヴォルフスブルクブラウンシュヴァイクハンブルク
主な演奏曲目 ムソルグスキーラヴェル)/「展覧会の絵」・チャイコフスキー交響曲第4番・バルトーク管弦楽のための協奏曲・ドヴォルザーク交響曲第8番

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【1975年5月】マンハイムカールスルーエハイルブロンシュトゥットガルトニュルンベルクミュンヘン
主な演奏曲目 モーツァルト交響曲第35番「ハフナー」、第39番、第40番、3台のピアノのための協奏曲

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【1976年5月】ハノーファーハンブルク/ウッパータール/デュイスブルクマインツ/(プラハ
主な演奏曲目 モーツァルト交響曲第35番「ハフナー」、第40番、第41番「ジュピター」、3台のピアノのための協奏曲

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【1980年6月】ハノーファーブラウンシュヴァイク/(ブリュッセルアムステルダム/パリ)
主な演奏曲目 チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」・プロコフィエフ交響曲第5番

 

【1980年10月】マインツ/ヘフスト/マンハイムシュトゥットガルトミュンヘンニュルンベルク
主な演奏曲目 ドヴォルザーク交響曲第8番、第9番「新世界より」・マーラー交響曲第4番・ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲・ブルックナー交響曲第7番

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【1985年10月】ハンブルクハノーファー/フランクフルト/シュトゥットガルト/(チューリヒジュネーブ
主な演奏曲目 ラヴェルボレロベルリオーズ幻想交響曲ブラームス交響曲第2番、第3番

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【1987年11月】ハンブルクハノーファーデュッセルドルフ/ケルン/フランクフルト/ミュンヘン
主な演奏曲目 ムソルグスキーラヴェル)/「展覧会の絵」・ブラームス交響曲第2番、第4番・ベルリオーズ幻想交響曲ベートーヴェン交響曲第6番「田園」・R.シュトラウスアルプス交響曲

カラヤンの代表的な写真の移り変わりを見ることが出来る。

録音データ更新

少し前の発売になるが、エソテリックから "5 GREAT OPERAS" と題され発売されたSACDのマスカニーニ/歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」、レオンカヴァッロ/歌劇「道化師」(ESSG90116~7)2枚組が新しい録音データになっている。

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従来のデータは「1965年9月~10月、ミラノ・スカラ座」とされていたのだが、エソテリック盤では「1965年9月29日~10月5日、ミラノ・スカラ座」とより詳しく明記されている。

1965年9月の演奏会記録を確認すると、23日(木)と24日(金)、26日(日)と27日(月)はフィルハーモニーベルリン・フィルとの演奏会を持っているので、28日にミラノに移動して29日から録音セッションに臨んだことが判明する。

ハンス・ヴェーバーとギュンター・ヘルマンスによる、ドイツ・グラモフォンにおける録音である。

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【モニタールームのフィオレンツァ・コッソット、カラヤン、カルロ・ベルゴンツィ】

映画「マタイ受難曲」

1948年11月、カラヤンは映画監督エルンスト・マリシュカと組んでバッハの「マタイ受難曲」を映像に収めた。

初の映像作品だがカラヤンや演奏者は一切映らず、泰西名画が画面に映し出されるモノクロ作品であった。

オーケストラはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団で、全曲ではなく95分ほどのハイライト版であった。

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エリーザベト・シュヴァルツコップ(S)エリーザベト・ヘンゲン(A)

ヴァルター・ルートヴッヒ(T)カール・シュミット=ワルター(Bs)

ハンス・ブラウン(Br)ラウル・アスラン(ner)

ヴィリー・ボスコフスキー(vn)アントン・ハイラー(cemb)

ハンス・カーメシュ(ob)フランツ・シュッツ(org)

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ウィーン楽友協会合唱団

ウィーン少年合唱団

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日本ではミリオンコンサート協会によって、1984年12月に銀座のヤマハホールにおいて3回の上映があった。

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バッハの没後200年を記念して制作されたもので、演奏を収めた本格的な映像作品である1960年のザルツブルク音楽祭でのR.シュトラウス/歌劇「ばらの騎士」より、遙か以前の試みであった。

melo CLASSIC 「フーガの技法」【1944年録音】

melo CLASSIC の7月の新譜、バッハ/「フーガの技法」がようやく届いた。

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【melo CLASSIC MC5005】

7月25日に注文し、タイ Phayao の発送日付も25日になのに、約2週間かかっての到着であった。

送料は無料であったが、タイの「書留航空便」はずいぶんゆっくりしている。

封入されている解説書は英語であるが、表紙と裏表紙のカラヤンの写真ははじめて見るものである。

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1944年12月14日の録音データは、いままで知られておらず、ザルツブルクの「カラヤン・インスティテュート」のデータバンクにも登録がない。

http://www.karajan.org/jart/prj3/karajan/main.jart

1986年にグラーツの出版社より刊行された、Hanns Kreczi著 "Das Bruckner-Stift St.Florian und das Linzer Reichs-Bruckner-Orchester 1942-1945" には、この録音について触れられており、1945年2月4日(日曜日)18時よりラジオ放送されたとある。

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また国内の出版物では、新日本フィルハーモニー交響楽団の2005年11月「演奏会プログラム」冊子に、ゲルハルト・ボッセ「わが音楽と人生③-まぼろしのリンツ帝国ブルックナー管弦楽団」にカラヤン指揮の「フーガの技法」が録音されたとの記述がある。

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この記事に掲載されている写真は、上記の Kreczi の書籍より転載されているものである。

クリアーな音質は全体で45分程で、トラック12の「未完のフーガ」は未完のまま演奏されていて唐突に終わる感がある。

ラジオ放送が本当にされたのであれば、録音された音源がベルリンへ運ばれたとも考えられ、この貴重な録音が保存されたと推測できる。

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ジャケットに使われた写真は、いつ撮られたものか判らないが、カラヤンの左手薬指には指輪がはめられており、大変珍しいものである。

戦中の貴重な音源の登場を心から喜びたい。

 

バッハ/「フーガの技法」・1944年録音

タイ王国パヤオに本拠地をおく "melo CLASSIC" の今月の新譜に、1944年12月14日リンツでスタジオ録音されたとする、帝国ブルックナー管弦楽団を指揮したバッハ/「フーガの技法」が予告されている。

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45分19秒、もちろん初出音源になる。

詳しいことは現在確認中です。

 

 

ウィーン直行便の廃止

オーストリア航空が成田~ウィーン(シュヴェヒャート空港)間を毎日運行している【OS51便(復路)/OS52便(往路)】が、この夏運行を終了する。

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9月4日(日曜日)のOS52便がラスト・フライトになる。運行を始めたのは1989年7月で、奇しくもカラヤンが亡くなったその日であり、28年間の運行に幕を下ろす事になる。

成田をお昼前に飛び立ち、時差の関係でウィーンに着くのは夕方で、ホテルにチェックインしたとしても、十分にその日の国立歌劇場の公演や楽友協会の演奏会に間に合うという、日本人にとってなじみの深い路線であった。

オーストリア航空では、この春からウィーン~上海便をデイリー運行していて、成田便を廃止する翌日からは、ウィーン~香港便を運行すると発表されていて、完全な中国市場へのシフト変更で日本市場は見放されてしまった形となった。

OS52便・OS51便は、これまで10回以上も利用してきただけに、大変残念な決定となった。深紅の客室乗務員の制服の色は印象的であり、復路のOS51便では食事の合間にキチンラーメンが出されることがあった。カップをあけて、前から順番にお湯を入れてもらうのだか、銀色ポットのお湯はそれほど熱くなく、後ろの方の座席までくる頃にはぬるま湯になってしまっていて、中途半端なカップラーメンとなってしまうのだが、客室がチキンラーメンの香りに包まれたのもたのしい想い出であった。

これからウィーンへ入るときは、全日空ミュンヘン便やルフトハンザのフランクフルト便から乗り継ぎが考えられる。

アニフ村が少しだけ遠くになったてしまった気がする。

 

 

 

 

ジョン・ハント 「ディスコグラフィ」第4版

イギリスのジョン・ハント氏の「ヘルベルト・フォン・カラヤン ディスコグラフィ」"philharmonic autocrat" (音楽の独裁者)の第4版が届いた。

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第1版は1993年の発行であったから、版を重ねて23年が経ていることになる。

細かいデータを丁寧に扱っておられるが、ハント氏は相当に高齢になっておられるはずだ。

というのは、カラヤンの最晩年の欧州公演(ベルリン、ザルツブルク、ロンドン、パリ、ウィーン公演など)は実際に可能な限り聴かれていたようで、プログラムを送っていただいたこともあったからだ。

第4版は全443ページで、編年体ディスコグラフィ」の001番は、1938年12月9日のベルリン国立歌劇場管弦楽団とのモーツァルト/歌劇「魔笛」序曲に始まり、最後の1989年4月23日のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とのブルックナー交響曲第7番は889番となっている。

また、4版は価格の記載がなく、国内のCDショップ店頭に並ぶかどうかは判らないが、イギリスのアマゾンでは24.95ポンド(送料別)で購入することが可能のようだ。